新生 ビアンコーネ福島 代表ご挨拶

ビアンコーネ福島の代表を務めることとなりました「松立文雄」であります。

私は、ビアンコーネの前身「ノーザンピークス」時代にチームの監督を務めていた縁もあり、この度の慌ただしい動きの中で、諸先輩の推薦によりチームの代表を務めることとなりました。今後ともよろしくお願い申し上げる次第です。

さて、先月末、ビアンコーネ福島の運営母体であった(株)郡山フットボールクラブの経営危機が明らかになり、関係者各位はもちろん、ビアンコーネ福島を応援して来ていただいた郡山市民、そして福島県民の皆様に大変な心配をおかけしてしまいました。

私共は、平成18年度から、(株)郡山フットボールクラブ代表である佐藤暁氏に「ノーザンピークス」のクラブの運営をお任せし、その後「ビアンコーネ福島」と改称して健全な運営がなされているものと思っておりましたが、このような結果になってしまったことは誠に残念であります。

とはいえ、昨年度、厳しい戦いの末、東北社会人リーグ一部の座を勝ち得たわけですから、運営母体を失ったとはいえ、他のクラブチームと同じように、チーム単体で来期の陣容を整え、少ない時間の中で、来るべき厳しいリーグ戦に備えなければなりません。

幸い、関係者各位のご尽力と、意欲ある選手の残留により、メンバーを今日までそろえることが出来ました。昨年共に戦った、一部のメンバーが欠けたことは誠に残念ではありますが、このメンバーに、東北一部で戦ってみたいという新たな選手を加え、4月からのリーグ戦に臨んでまいりたいと考えております。

これまでは郡山北工業高校OBを中心とする選手で闘ってまいりましたが、選手登録期間はまだ残っております。東北一部で自分の力を試してみたい方がいれば、挑戦を歓迎したいと思います。

また、下部組織として共に活動して来たキッズ、ジュニア、ジュニアユースチームについても、これまで担当していただいたコーチ、ボランティアスタッフ、そしてご父兄の皆様のご尽力により、これまで通りの活動をしていく道を付けることができました。

運営母体は消滅してしまいましたが、郡山市民の大きな望みである「Jリーグ入り」という大きな目標への希望の火を消さないためにも、新生ビアンコーネとして、最善を尽くしてがんばってまいりたいと考えております。

そして、我々が全力でリーグ戦を闘い続けることで、郡山市民の中に再びJリーグを目指そうという動きが生まれ、やがてそれが大きな運動となって行けば、今の厳しい状況を乗り切っていく価値もあるものと考えております。

今日は、たまたま旧暦での元旦、旧正月でもあります。新しいチームが歩みはじめるには誠にふさわしい日でもあります。干支の初めの「子」の年に、新生ビアンコーネは、大きな目標と夢に向かって前進して参りたいと考えております。皆様のご支援ご協力のほど重ねてお願い申し上げまして、代表としてのごあいさつといたします。

平成20年2月7日 
        
ビアンコーネ福島 
代表  松立 文雄

更新日 : 2008年2月 8日

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