11月30日 叫び
ゴールに一番近くて一番遠い男と言われていた選手が今週からTRに復帰した。
クラブユース新人戦大会最中の9月下旬、彼の母親からの連絡でそれを知ることとなる。
「悪い不整脈が出てるみたいです」
去年受けた検診で軽い不整脈が見られたため、医者からは一年後にもう一度診てみましょうと言われていたらしい。
軽い気持ちで訪れた病院。写し出された脈を示すグラフは思いもしない診断結果を彼に与えることとなる。
数日後の精密検査でその不整脈が心室頻脈の疑いがあることが判明した。
最初の診断を受けた日からは一切の運動を制限され、ゴールはおろかサッカーからも離れなくてはいけなくなってしまった。
自覚症状が一切無かったため、今まで何の問題も無くサッカーをしてきた彼。
サッカーが今一番充実していると言っていた時でもあった。
なぜ自分が、なぜこんな時期に、これから自分は、これからの自分は・・・。
突然、サッカーはおろか学校の体育、そして体を動かす喜びを奪われた彼の心境は想像に耐え難い。
運動誘発性の心室頻脈。心室細動を起こす危険もある。スポーツ活動の突然死の原因にも挙げられている。
彼を見舞う度に、その小さな体の小さな大切な心臓に向かって「頼む、頑張ってくれ」と祈ることしか出来なかった。
「どうか彼にもう一度サッカーを与えてあげてください」
サッカーの出来ない苦しい状況の中、彼はそれでも試合や練習に顔を出してくれた。
みんなのプレーを外から見守ることしか出来ないが、チームの一員として彼はグランドに立ち続けた。
「サッカーやりてー!」
運動制限のある中、日に日にその思いは強くなり、声となっていった。
それでも彼は自分の心臓としっかりと向き合い、受け入れ、そこに立ち続けた。
私には到底真似できないだろう。
事実を受け入れられず、自分を恨み、他者を恨み、全てを恨み、そして無気力になっていたに違いない。
破滅的になっていく自分を抑えられず、他者を傷つけ、自分を傷つけいたかもしれない。
だから、彼は強い。とてつもなく強い。そして大きい。
その時の彼を見ていて、私はいつもそう思えた。
笑顔を絶やさず、そこに立ち続けてくれたその小さな体がチームの大きな大きな力になっていたのは言うまでもない。
薬を処方してから1ヵ月後の検診。
不整脈の落ち着きが見られた。
運動制限の割合が引き下げられ、フットワークのない軽度の練習ならOKとの許可が出た。
ただし、ボールを蹴る程度かちょっとしたドリブルくらいだ。
それから彼は一度も練習を休まず、試合や遠征にも帯同し、チームに力を与え続けた。
やれない、出れない、そう分かっていながらもサッカーを愛し、チームを愛し、そして自分を信じてきた。
そして、それから1ヶ月後の今週。
運動負荷をかけた中での検診で、彼の心臓はひとつの乱れもなく規則正しい脈を打ってきた。
もちろん完治したわけではない。薬の効果が出ているのでしょうと医者からも言われた。
ただ、運動制限はもうひとつ割合を下げることが出来た。
試合はまだ行えない。息が上がればすぐに休息を入れる。接触プレーは禁止。
それでも、みんなと一緒にサッカーを行えるようになった。
彼からは検診の後すぐにその結果を知らせる電話が来た。
「ありがとう」
最初に出た言葉と、最後の言葉はこの一言に自然となった。
よく頑張った。頑張ってくれてありがとう。
久しぶりに行った練習での彼はとても楽しそうだった。
息が上がっているのも忘れてしまう。
2、3ヵ月後にもう一度検診がある。その時試合に出れるかどうかまた診断が下ることになる。
あと少しの頑張りだ。
彼がチームに力を与え続けたように、我々も彼に力を与え続けていく。
いつか彼がゴールに一番近づいたとき、全ての力がボールをゴールに導いてくれることだろう。
そしたらみんな全員で「ありがとう!」と叫んでやろう。