6月8日 少年H ~タイミング~
5年前に100円で買った妹尾河童著「少年H」を先日から読み始めた。
本はワインと同じように、読む(飲む)タイミングが重要だったりする。
長い熟成の期間は、そのワインに負けない人間になるための鍛錬期間でもある。
せっかくのワインをビールのようにゴクゴクと喉越しを味わう人間にはなりたくはないし、産地がどうのこうの言うつもりはないが、違いは分かりたい。そして、美味いのか、凄く美味いのかは一番に感じ取りたい。
実はワインがその時の自分を試しているのかもしれない。だから、栓を抜くのにはいつも慎重になるし勇気がいるのだ。
5年前に私は少年Hに睨まれて表紙を閉じた覚えがある。
表紙を開けると一ページ目に少年Hの顔写真が印刷されており、その学生服の少年に「お前にはまだ無理や」と言われた感じがしたからである。実に嫌味な顔だった。
あれから5年の先日、その少年の顔は何一つ変わらない嫌味な顔だった。
そんな顔が可愛らしく思えるようになってきたのだから、私も熟成されたのだろう。
そして、安価でありながら濃厚で芳醇であろう高貴なワインを戴くこととなった。
子供の頃、よく両親や学校の先生に「本を読みなさい」と言われたものだ。
国語の教科書以外には読書などしない私にとって、学校に本を持ってきている人間はガリ勉の天才君以外の何者でもなかった。
そんな私も5年生になったある日、学校に本を持って登校するようになった。
「天と地と」と書かれたその本は、小学生には判読できないほど漢字が多かったし、国語の教科書の何十倍も文字が小さかった。
ただ、その時の私にとっては最適な本だった。
外遊びも悪友達を引き連れてのイタズラもその時ばかりは断り、授業と授業の間や昼休みの時間もこの本を開く時間にあてることにした。
「天と地と」は3日間で最後のページを迎えることとなった。
父親の本棚から拝借したこの本は、非常に難解だった。覚えているのは表紙が黄色くて、それから文字が小さくて、それから・・・。とにかくガリ勉の上を2歩も3歩も先に行く特選の本に違いはなかった。
内容は・・・あまり覚えていない。と言うよりも・・・知らない。正直言うと・・・読んでいない。
難解さゆえに途中で断念したということではなく、はじめからと言えばいいだろうか、本を手にする前から読む気はなかった。
ただ、“学校でそんな本なんか読んだりなんかした日には、「こんな本読んでるの!すごいね!」「頭いいんだね!」なんて大騒ぎになっちゃうだろうなあぁ~”なんて、もちろん「カッコいい!」も当然来るだろうと。
「ひょうきんで面白い」だけで通っていた評価を、新たな一面を見せることによって「ひょうきんで面白くて、それでいて○○○」に変えていこうと。今年はチョコレートの数を是が非でも増やさなくてはならない。
だからこそ小中学生向けの「僕らの七日間戦争」に手を伸ばさずに、この本を選んだのもパフォーマンスには持って来いだったからである。
「読んでないじゃん」なんて言われることだけは避けたかったので、その3日間はあたかも読んでいるかのようにページをめくり難しい顔をした。
しかし、結局変わったのは最初の1日目だけだった。2日目からは誰も相手にしてくれなかった。
4日目以降、私への評価は何一つ変わっていなかった。そして「カッコいい!」はどこからも出てこなかった。
心なしかガリ勉さんの冷ややかな視線も多くなったようにも感じた。
数日後、自宅の勉強机の上に歴史もののマンガ本が置かれていた。母親から父親が昨日買ってきたものだと教えてくれた。
その後も懲りずにクラスが変わる毎や合宿のたびに本を持っていくことはあったが、大抵ものの10分くらいで本は閉じられるようになり、
いつしか本を開くことはなくなっていた。
チョコレートはスーパーで買うのが日課になった。
あれから10数年、「本を読みなさい」は私が言う立場に変わっていた。
ただし、出来るだけ文字の大きい簡単な本にしなさいと付け加えて。